胃全摘手術1-3(まるで奇跡のような話)

前回の続きです。

リカバリー室から解放され、いろいろと不便を感じながらも日を追うにつれてドレーン(管)やお腹の糸も外れ、食事も始まり、ようやく回復してきたある日のこと。病理から最終診断が出たとのことで、主治医のO先生が病室にやってきました。

「まず、悪いことから先にお話します。ステージは4でした」

お、おう…。ステージ4の5年後の生存率は10%程度ですから、確かに最悪の切り出しですね。

「怪しいのも含めてリンパ節を38個も郭清しましたが、すべて転移がありました。これまでの治療で腫れているだけかと思っていたものも、残念ながら転移でした。以前にも言いましたが、これは病理の権威が顕微鏡を使って肉眼で観察した最終診断ですので、現場が何を言っても覆ることはありません」

これまでそれなりに冷静に振る舞ってきたつもりでしたが、こう言われてしまうとキツいものがあります。

この後どれぐらい生きられるのかな、とかね。家族のことはどうすればいいかな、とかね。いろいろ考えました。ほんとに。

しかし、そのとき妻がO先生に何やら促している様子が目に入りました。

なんと、O先生は一変笑顔を浮かべ、こう続けたのです。

「…なんですが、あなたの場合はね、治る可能性が高い」

どういうことなの…。

「ただ内臓を手で触るだけじゃなくて、あちこち引っくり返してまで肉眼で見える悪い部分は徹底的に取りましたし、幸い腹膜播種もありませんでした」

ほほう…。

「もちろんこれだけでは楽観視できないんですが、こんなことを言える根拠はね、ここです」

と、病理診断書の項目を指さすO先生。そこには「ly0-1」の文字が書いてありました。

「いやあ、これは本当に不思議でねえ。私も何度も確認したんですけども。いいですか、あれだけのリンパ節に転移していながらですよ、 『リンパ管には転移がない、または明らかに転移と呼べるものはない』って書いてあるんです、これ」

つまり、体内の老廃物を運ぶリンパ液の通り道である「リンパ管」に転移があった場合、これはそのまま遠隔転移(他臓器への転移)の直接的な原因でもあるわけで、遠隔転移が認められれば末期と診断され、すなわち私は助からないということになります。

「ですからね、あなたをステージ4たらしめていたリンパ節は全部取ったし、腹膜播種はないし、遠隔転移の可能性も極めて低い。こんな状態を末期とは言わないんです。もっとも、目には見えない悪いやつはまだ残っているはずですし、抗がん剤治療は必要だとは思うんですが、いずれにせよ治る可能性はかなり上がったと言っていいでしょう。本当に奇跡的です」

「こういう一発逆転みたいな症例って、そんなに珍しいんですか?」

ひと通りの説明を受けて私が聞くと、O先生は少し考えて言いました。

「まあリンパ節がクロだったらリンパ管もと考えるのが『医者としては』普通だと思います。いろいろな資料を探せばあるのかもしれませんが、私は見たことないなあ」

(後から聞いた話ですが、妻は「末期の可能性も覚悟してくれ」という内容の話を手術直後に受けていたそうです)

私の体がリンパ管への転移をなぜここまで強固に拒んだ(拒めた)のかは分かりません。思えば8年前、胃と十二指腸に穴が開いて死にかけたときも様々な幸運が重なり、私は助かりました。そして今回の胃がんも、少なくとも最悪のパターンを脱することはできました。

生来、土壇場での引きが強いのか、何なのか。

まるで奇跡のような話ですな。